阿部初美ロングインタビュー
演出家・阿部初美は、TIF2006でサラ・ケインの遺作『4.48 サイコシス』を、日本社会の痛みとして描いた。そして今回のTIF2007では、原子力エネルギーと核燃料再処理をテーマに、リスクとともに生きるわたしたち自身の姿を描こうとしている。なぜこうしたテーマを扱って演劇を作るのか、現代演劇の可能性をどこに見ているのか、話を伺った。
——なぜ原子力エネルギーと核燃料再処理をテーマに演劇を作ることにしたのでしょうか?
どういった作品をこれからつくっていこうか、と(ドラマトゥルクの)長島確と相談していて、最初はチェーホフをもうちょっと違ったかたちで描けないのかなあと話していたんですね。ある時長島がタルコフスキー的にチェーホフできないかって言って、そこで出てきたのが、タルコフスキーの映画『サクリファイス』でした。これは「核戦争」をテーマにした作品です。 だけど核戦争は冷戦時代の恐怖というか、いまは本当に使うというよりは外交カード的な意味合いが強いんじゃないかという疑問符がでてきました。
そうしたら丁度、去年(2006年)、チェルノブイリ20周年で、シンポジウムや講演会、映画上演、コンサートが4月くらいにたくさんあった。だから、「いま日本の原子力はどうなってるの?」って興味を持ったんです。それで、チェルノブイリの映画を観たり、シンポジウムに行ったりしてました。それらのイベントの中に、たまたま『六ヶ所村ラプソディー』のチラシが入っていて、観に行ったんです。原子力発電所で使い終わった燃料をリサイクルする再処理施設が青森県六ヶ所村にできて試運転されていまして、その村の歴史や人間模様を追いかけたドキュメンタリーでした。本当に衝撃的で、素晴らしいドキュメンタリーでした。
それで、だんだん「核戦争」から、「核燃料」にシフトしていったんです。調べていったら、どんどん問題が出てくる。それで夏に実際に六ヶ所村に行って、現地の方と会ったりしたんです。原子力発電を演劇でできるのかということを頭の片隅に置いて。
難しいのは、核燃料施設がある町村では自分の考えや立場をなかなか大っぴらに語れないということですね。原発の問題をテーマに扱うのはけっこう危険なことなんだとわかってきました。国策だということもあるし、非常にデリケートな問題で、要するにこれはタブーになっているんです。
問題の根本に近づくことで、深い認識を促す
演劇とは何かということを考えた時、シェイクスピアの有名な言葉にもありますが、演劇は世界の鏡としての機能を担ってきたんだと思います。つまり認識や自覚を促す機能がある。でも、ひとつの視点からだけだと、みえるものは限られる。複数の角度からみたときはじめて物事が立体的に見えてきます。そして根本的なところに近づけば近づくほど、そしてそれがうまく表現できればできるほど、深い認識を促す力が演劇にはあると思うんです。今回それを物凄く考えさせられた。
——これはわたし個人の先入観かもしれないのですが、例えばこうしたテーマを作品で扱うとなると、それは原発がいかに危険で恐ろしいかを訴える、いわばプロパガンダ的な作品というイメージを持ってしまいがちですが、そういう立場は取らないということですか?
その通りです。というのも、反対派・推進派双方から話を伺いましたが、見えているものが全然違ったりするんですね。同じことについて語っているのに、こんなにも違うのかと思いました。
東京での上演では、観客の多くは都市生活者ということになります。一番電気の恩恵にあずかっている生活者です。でも、この豊かさを支えてくれている人々、リスクを背負っている人々がいるということを知らない。もちろん経済的なメリットはありますが、何かあったときのリスクを負っているのは、そこ(原発関連施設のある町や村)の人々です。だけど、その恩恵に預かっている都市生活者は、そこからすごく離れたところに住んでいます。
でも問題は複雑で、一筋縄ではいかない。たとえば六ヶ所村の住民の方には「反対運動をしないでくれ、底辺の人間のことも考えてくれ」と言う方もいます。要するにこれがないと私たちは生活できないんだと言ってるんですよね。でも決して、再処理工場や原発を喜んで受け入れているわけではない。 福島で作っている電気は東京に送られています。見学コースでPR館にいくときに、タクシーの運転手さんには、「しっかり見て来い」と釘を刺されました。「君たちの生活を支えているのはここだよ、ここの住民はそういうリスクを負っているんだ」と。でも、「反対はするな」ということも言われました。なぜかというと、その村はかつて出稼ぎの村だったんですね。原発ができたことで、地元で仕事ができることになり、そこで家族が一緒に暮らせることになった。それが一番幸せなんだよと。 こういう事実を私たちはどう受けとめていくべきなのか。
こういうふうに、都市生活者、地元住民、推進派、反対派、いろんな視点からテーマをみていった時に、問題はとても複雑な立体感を持って現れてくる。そこでやっとわたしたちは、問題を根本的に考えられるようになるんじゃないかと思うんですね。
——お話を聞いていくと非常に複雑でシリアスな問題なんですけど、もしかしたらお客さんの中には、ちょっと重そうだからと、敬遠してしまう方々もいらっしゃるかもしれません。そういった方々にメッセージをお願いします。
深い認識をもたらすのが演劇の役割だと言いいましたが、根本的なことはなにかというと、そこには知ってしまうとすごい痛みを伴うことがあるんですよね、きっと。知ること自体が怖い、自分の存在自体を脅かされることがそこにある。それをどう手渡すかを考えることも、わたしたちの仕事です。 毒にも薬にもなるという言い方がありますけど、うまくすれば、毒も良薬にできるけど、下手すると毒になっちゃう。だから今回の場合はユーモアとか笑いの要素がとても多いですね。拒否反応が起きないようにして、より多くの人に手渡すことを優先させたいんです。これはブレヒトの影響でもありますね。
私は、ユーモアや笑いは生きていくのに必要なものだと思うんです。笑うことをなくした世界はすごく怖いと思います。ユーモアには、希望とか、しなやかさとか柔軟さ、たくましさ、人を惹きつける魅力や、風通しをよくする力がある。それを大事にしながら、今回はそっと手渡したいですね。
劇中映画について
あと、チラシにも掲載してる、核燃料サイクルというのがあるんですが、最初ウランの輸入から始まって、ウランを濃縮するんですよね、それから「再転換」っていってね、固体から粉末にしたり、粉末からまた固体にもどす、こういうふうに加工して、それを原子力発電所で燃料としてつかって、それをまたリサイクルするってことをやっていくんですけど、各地の原子力発電所にはPR館があって、そこにはコンパニオンさんがいて、その行程を説明をしてくれる。作品の中では、PR館をそっくりにやろうと今回は思っていて、高校生が見ても、原子力発電の仕組みがわかるように作ろうとしています。それと推進側がどうPRしていくのかというところ。作品の中では、俳優の谷川清美がPR館のコンパニオンになりますが、彼女がその現地のコンパニオンさんをそっくりに解説したりPRしたりしていきます。 そのように俳優が生で舞台上で演じるシーン以外に、今回はものすごく映像が多くて、核エネルギーを巡る人間関係、都市と地方の問題などを表現する映像シーンが挟まれていきます。
今回は劇中に短い映画があるんです。チェーホフの作品に、『ワーニャ伯父さん』というものがあるんですが、このテーマに対してぴったりリンクする部分・要素があって、ワーニャを引用した映画を3本つくりました。
たとえば『ワーニャ伯父さん』には、大学教授が家族にむかって「(家族の住む)家と土地を売って金にしよう」と提案するシーンがあるんですが、『アトミック・サバイバー』では、ある自治体の村長さんが、村議会で「土地を売って(原発関連施設を受け入れて)金を手に入れよう」と提案をするシーンに置き換えたりしてます。 また、アーストロフという医者が、その大学教授の若い後妻を口説く時に、「自然はいかに人間に荒らされてきたか」を説きますが、その医者は『アトミック〜』の中では自然を愛する原発反対派になっていて、エレナという後妻は、そういうことを頭ではわかってても、実感は持てない都市生活者になってます。 それから、ワーニャの家ではしょっちゅうお茶会してるんですが、お茶会の中の言葉を引用して、『アトミック』の中でもお茶会をしてみたりしています。
白黒の映画にしたんですけど、それはワーニャっていう物語を引用している、想起させるところから、ワーニャの映画と取れるかもしれないし、原子力発電の日本の歴史というか日本のアーカイブ的なものにもしたいということからです。
それから今回は、「もし、今、放射能事故が起こったら?『放射能防止マニュアル』つき公演」と謳っているんですが、実際にプロモーションビデオをつくりました。歌もオリジナルで、長島確作詞、西井夕紀子作曲で、俳優が歌って、放射能事故が起こったときの対処の仕方を、マニュアル化したビデオクリップのようなものに仕上げました。これは作品中でも流しますが、DVDを作って会場で販売もします。どうしてそんなものを作ったのかというと、東海村を取材したとき、「村の住民は、推進派の言う安全を信じていたから、JCOの事故が起こったとき、どう対処していいかわからなかった」ということを聞いたんです。だから、その反省をもとにすごく勉強してるんだって仰っていて。東海村のHPを見ると、今は実際に対処マニュアルが載っているんです。 あと、スズメバチ刺された時の(対処方法の)歌を作ったおじさんがいるという話を聞いたのもきっかけになってます。学校をまわって、その歌を子どもたちに教えてたらしいんですけど、実際にスズメバチに刺された女の子が、ならったその歌を思い出しながら歌って、そのとおり対処したら助かったという話を聞いて。そんな理由から、実用的な歌を作ったらいいんじゃないかと思ったんですね。
それから、原発や再処理などの核関連施設で働く人や、施設のある自治体の住民は、こんなリスクを背負っているんだということ、そして実際わたしたちもそういう危険に実はさらされているということを伝えたかったということもあります。たとえば浜岡原発がやられると、日本列島は住めるところがかなり少なくなるだろうということが言われています。東海地震もいずれ起きると言われていますから現実的な問題だと思います。原子力発電のメリットはすごくPRされるんだけど、リスクの方はあまり言われないですよね。「原子力発電を選択しているという意識が国民にないのが問題だ」と東海村の原子力研究所の方が仰っていたんですが、それは全くそのとおりだと思います。「選択する」というのは、メリットの方だけではなく、リスクを含めた選択じゃないとおかしいわけですよね。だから、わたしたちはリスクも背負っているということを意識しなければならないんだと思います。
——ありがとうございました。
インタビュアー:宮崎あかり(TIF広報)
(TIFポケットブックより抜粋・修正・加筆)
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