SCS Vol.0
4.48 サイコシス
顔のない”痛み”
暴力的なデビューからわずか4年後の1999年、自殺によって28才でキャリアの幕を閉じたイギリスの劇作家サラ・ケイン。彼女の遺作「4.48 サイコシス」は、触れる者の肌をしずかに切り開き、深く突き刺さる。その詩的なことばは鬱病で自殺願望をもつ〈わたし〉の物語として作家自身と重ね合わせられてきたが、テキストには人物の指定もト書きもなく、むしろさまざまな人々の生の交錯する、同時多発的な”場”へと裂けている。誰もがもつ「この自分という冷たく黒い池」。そして”他者”と通じ合うこと。魂の舞台ともいうべきその場所から、現在の日本社会の抱える”痛み”が姿をあらわすだろう…
日本社会における『4.48 サイコシス』 阿部初美
私たちは今回、ケインがテーマとする資本主義社会の都市の問題が、この日本という国にも共通していることから、単なるイギリス人作家による遠い国の話ではなく、私たちの現実にも切実な問題としてこの作品を取り上げられるのではないかと考えました。
劇作家本人の伝記的要素の強い作品であることから、そういった解釈のもとに世界中で多数の上演が行われてきましたが、私たちは今回の企画に際し、同時にこの作品の持つ、個人の枠に回収され得ない要素を重視し、誰か特定の個人のある一定の時期の物語としてではなく、社会的な広がりを持たせた上演の可能性を探りたいと考えました。
現代の日本社会において、この作品はどんな上演の可能性を持っているのでしょうか。
現在日本では、7年連続で自殺者の数は年間3万人を超え、その背後には鬱病が潜んでいると考えられています。この自殺者数は、旧ソビエトに属していた現在の体制移行国と並んで世界のトップクラスに位置し、「自殺は日本の文化」とまで言われています。こういった問題は長い間放置され続け、最近になってようやく対策が模索され始めてはきたものの、依然としてその病理の根深さを見せつけています。「働き盛りの鬱病」「中高年の鬱、自殺、孤独死」、また中・高校生のリストカット(彼らの行為の多くは自殺を目的としない、「心の叫び」の表れとしてのリストカットだといいます)など、こういった問題は幅広い世代に渡っています。
彼らは私たちの病んだ社会の犠牲者とも言えるのではないでしょうか。そして今の社会が間違った方向に進んでいるという、警告でもあると思えます。こういった社会を描くために、私たちは、10代の女性、30代の男女、60代の男性と、幅広い世代の5人の俳優とともにこの作品に取り組みます。
本作品の上演意図 「立ち止まって考える場」としての上演
私たちの上演で大切にしたいことは、「たった一つの答え」を観客に提示することではなく、「想像力による参加によって、いくつもの認識や答えを可能にする」ような上演であり、「立ち止まって考える場」としての上演、観劇によって、考えが進んだり、また謎が深まったりするような上演です。そのため、「わかりやすい一つの答え」を求められる方にとっては、少しわかりにくい上演になってしまうかもしれません。しかし、「想像力の欠如」が取りざたされて久しいこの国で、ますますそれを助長するような上演を、私たちはすべきではないと考えています。想像力の欠如した社会がどうなってしまうかは、毎日流れてくるテレビなどのニュースや、報道を見れば明らかです。
しかしこういった時代だからこそ、演劇がもう一度、力を発揮できる表現に成り得ると私たちは考えています。何をしていようと一方通行で流れてくるテレビなどとは違い、実際に同じ空間を共有し、生の時間を共有し、あるフィクションを共有する演劇は、双方向のコミュニケーションや想像力など、現代社会で最も欠如している要素から成っています。そういった演劇の持つ力を最大限に生かした上演を、私たちは目指しています。
(企画書より)
初演データ
「4.48 サイコシス」
(東京国際芸術祭2006提携公演/にしすがも創造舎演劇上演プロジェクトvol.2)
2006年3月18日(土)〜21日(火)
にしすがも創造舎特設劇場
キャスト
谷川清美(演劇集団円)
笠木誠
水町レイコ(演劇集団円)
久保彩美(テアトルアカデミー)
徳山富夫
スタッフ
作|サラ・ケイン
演出|阿部初美
翻訳・ドラマトゥルク|長島確
美術|佐藤慎也
照明|田島佐智子
音楽|安野太郎
映像|本間無量
舞台監督|寅川英司×突貫屋 渡部景介
演出助手|田中智佳
照明オペレーター|高島里香
音響|廣瀬里奈(サウンド・ウィーズ)
舞台写真撮影|宮内勝 松嶋浩平
制作|大久保聖子(NPO法人アートネットワーク・ジャパン)
住吉梨紗(芸術企画者会議)
主催|NPO法人アートネットワーク・ジャパン
特別協賛|アサヒビール株式会社
協賛|株式会社資生堂 トヨタ自動車株式会社 松下電器産業株式会社
助成|財団法人アサヒビール芸術文化財団
後援|豊島区
平成17年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
豊島区文化創造都市宣言記念事業
協力
アース製薬株式会社 猪股剛 株式会社イルミカ東京 円企画 精神看護出版
株式会社テアトルアカデミー ティーファクトリー TOYOTA空間創造プロジェクト
ポルト・ビー
ボランティアスタッフ
青木理恵 飯沼珠実 五十嵐雅 石川真由子 加藤匠 佐藤泰紀 千葉乃梨子
中川水帆 松嶋瑠奈 望月麻衣
ポスト・パフォーマンス・トーク・ゲスト
20日(月)19:30|大西暢夫(フリーカメラマン)
リンクリスト
- 東京国際芸術祭2006のページ
- プレスリリース(PDF)
- 東京国際芸術祭2006の舞台裏:4.48サイコシス
- 長島が書いた紹介記事がのっています
小演劇の新聞「CUT IN」No.48(2006.3) - 阿部・長島のインタビューがのっています
「シアターガイド」2006年4月号 - 阿部が2002年に演出したリーディング「4時48分サイコシス」が取り上げられています
内野儀「想像力を奪還する——「歴史と地理」を回復するために」、『舞台芸術』02号(2002) - 谷岡健彦氏の翻訳「4時48分サイコシス」とともに、阿部の文章がのっています
阿部初美「『4時48分サイコシス』上演の可能性」、『舞台芸術』08号(2005) - 阿部の文章がのっています
阿部初美「グローバリズム下の『4・48サイコシス』」、『舞台芸術』10号(2006)
